諸々日記

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教育とか

教育問題が最近叩かれる事が多いけど。
それって本当に学校だけが悪いんだろうか。

例えば、今回の履修問題なんかでは、学校のやったことは実際のところ「生徒も家族も望んだこと」でしょう。「生徒のため」という言葉に嘘はないだろうし、確かに生徒側には『余計な負担が減る』メリットがあった。新聞なんかを読んでも、当事者の生徒たちには「なんて酷いことをしてくれたんだ」というような意見はないように見えます。
ただ、世界史と日本史両方を学ぶことによって得られるもの(知識以外のものも含めて)は当然なくなるし、知識の偏重が起こるというデメリットもある。

今回の件で、学校側は今までのような措置を取ることは出来なくなるだろうから、デメリットは無くなるかもしれない。でも、その分生徒の負担が増える事は確実でしょう。
あちらを立てればこちらが立たずで、どちらがいいと言えない状況になっています。
この部分に関しては、大学受験のシステムや、今だ根強い学歴重視社会が問題で、「教師が悪い」「学校が悪い」とは言えないんじゃないかと考えます。むしろ、生徒の希望に答えた措置だと言える。
しかし先にも述べた通り、それは知識に重きが置かれた指導となってしまいます。学校って、知識だけを詰め込めばいい場所ではないと思います。「教育」の「教」があっても「育」がなくなってしまう。それは問題です。

事件の一面だけを見て「学校は何をやってるんだ」と批判するのではなく、想像力を働かせて様々な状況を想定することが必要なのではないでしょうか。


教員の免許更新制についても、それで本当に教師の質が上がるのか、と不安があります。
例えば。
生徒を「育てる」気はさらさらないが、要領がよくて何でも無難にこなす教師と、
不器用だけど、「生徒を育てたい」という志と情熱がある教師。
免許更新制にした場合、(制度のあり方にもよりますが)生き残るのは前者でしょうね。
確かに「勉強を教える」という面では質が上がるかもしれない。
だが、学校が更につまらないものになっていくのは間違いないでしょうね。学校がますます「知識を詰め込むだけの場所」になってしまう。
自分は高校の時に「教えるのも上手くて情熱もある」先生に出会うことができ、今でも感謝してますが、それは「教えるのが上手かったから」よりも「真剣に自分の事を考えてくれていると実感できたから」だと思います。
まあ情熱があれば指導方法も徐々に上手くなっていくものだとは思いますが、やはり不器用な人というのはいます。免許更新制にすることでそういった先生が淘汰され、代わりにビジネスライクで要領のいい教師が残るというのであれば、それは悲しい事だと僕は思います。
教師の質を上げたいのであれば、まず雑多な事務処理に追われて教育に全力を注ぐことのできない現在のシステムを変える事から始めるべきではないでしょうか。
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