諸々日記

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本当の意味では

人の心を傷つけた時って、謝罪のしようがないと思うんだよね。

どれだけ謝ったって謝りたりない。

こちらが謝るか謝らないかは相手にとっては単なる一要素に過ぎなくて、最終的に許すか許さないかを決めるのは向こうの自由だ。
「謝ったのに許してくれない」なんて、逆恨みもいいとこだ。

俺がふとした時に感じる拭いようのない罪悪感や劣等感はこういう考え方に一因があるのかもしれない。
いろんな人間を傷つけて俺はここにいて、傷つけた過去を変える事はできない。
幼かったな、と自嘲しても、相手にしたらこちらの事情なんて関係ない。自己嫌悪なんて、開き直りと大差ないだろう。
ずっと罪を抱えて生きていかなければならない。



だけど、こういう考え方を持っているからこそ、俺は人を憎み切る事ができない(憎み切らずにいられる)のかもしれない。
許すか許さないかの一存が俺にあるのなら、俺は最終的には「赦したい」と思うから。

人を憎み続けるというのは、精神力が必要だ。
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