諸々日記

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露天

文字数1000字です~








 温泉に行こう。そう言い出したのは妻だった。
 私は乗り気ではなかったが、その時妻は既に温泉宿の部屋を押さえていて、後は私の日程調整だけという段階にあったため、嫌だとも言えなかった。こういう時の彼女の行動力は凄まじい。
 温泉宿といえば街から離れた山間に作られるものというイメージが私の頭の中にはあり、どうせ現地までは私が運転するのだろうし、おそらく疲れを取るどころかむしろ溜める結果になることだろうと考える私の腰は重かった。せっかくの休日に、温泉などに行っている暇があるのなら、家で寝ていたいというのが本音だった。
 何故決める前に相談してくれなかったのかと不満を言う私に、しかし妻はにこにことして、「まあ楽しみにしててよ」と気楽なことを言っていた。
 結論から言えば、私の予想は外れた。
 温泉は素晴らしかった。特に露天風呂が最高で、昼は紅や黄金色に染まった山々を一望でき、夜は星を眺めながら静かな虫の音を聴いた。ぼんやりと湯船に浸かるだけで、身も心もリフレッシュしていくのを肌身で感じることが出来た。
 宿も風情があり、重厚な歴史を感じさせる造りには、自分は日本人であるということを改めて実感するような心地がした。夕食も豪勢な日本料理で、もちろん味も期待を裏切らないものだった。
 食事を終え、部屋に布団が用意される。床に入る前、妻にこの宿をどこで知ったのか尋ねてみた。「秘密」と言って微笑む妻は、いたずらをして大人の反応を窺う子どものようだった。なんだよそれは、と私も思わず笑った。
 妻が「気に入ったでしょ」と言ってにやりとした。行く前は不満ばかりだった私は気恥ずかしくなり、そういうわけじゃない、と言いながら顔を逸らしていた。そんな私の子どもっぽい反応にも彼女は気分を害した様子もなく、「あなたはいつも素直に言えないからねえ」と、まるで母が子を語る時のような口調である。そのことは常日頃自身も自覚するところではあったが、人に言われるのはきまりが悪い。とはいえ反論もできないので、私はむっつりと黙り込むしかない。
 妻が言った。
「なんでもやってみないとわからないものでしょう?」
 隣にある妻の顔。笑っている。それを見た私も笑い、そして、彼女の心遣いに礼を言った。
 ──ちなみに、今回の温泉旅行で唯一の不満、というか私の失敗は、彼女に運転させてしまったことだった。帰路はもちろん自分から率先して運転させてもらった。

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