諸々日記

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タクシー

文字数800字です。









 タクシー運転手である彼は、いつものように運転席を少し倒して、車内灯を頼りに文庫本を読んでいた。
 駅前のタクシー停留所。彼のいる駅は零時を過ぎれば人通りが極端に少なくなる。その上この不景気でタクシー利用客も減り、仕事は少なかった。ラジオからは往年のヒットソングが流れている。いかにも昭和らしいその寂しい曲調が、嫌に身に染みる気がする。
 その時、後部の窓を誰かがノックした。首だけ捻って見ると、男女の二人組がいた。男性の方が「乗れますか」と口だけ動かして尋ねてくる。彼は読みかけの文庫本を助手席に放り投げ、後部座席の扉を開ける。すみません、と言いながら二人が乗り込んできた。
 どちらまでですかと尋ねる前に、男が住所と道のりの書かれたメモを手渡してきた。それを見ると、目的地の場所は確かに口頭の説明ではわかりにくい。メモを準備してくるあたり、タクシー利用には手慣れているようだ。運転手はわかりました、と答え、車を動かす。メーターを操作し、深夜割増料金で走行する。
 二人はずいぶんと大きなバッグを提げていた。運転手がご旅行ですか、と声をかけると、ええ、今帰ってきたところですと男が答えた。その声には疲れの色が見える。
 それきり沈黙が続いたまま車は走った。しばらくして、運転手は何気なくバックミラー越しに後ろを見てみた。男の肩に頭を預けた女性が、寝息を立てているようだった。男がその肩に腕を回し、優しく頭を撫でる。男もずいぶんと眠そうな目をしている。
 ラジオが流れっぱなしになっていることに気づいた運転手は、ボリュームを絞った。
 ありがとうございます。
 小さい声が後部座席から聞こえてくる。運転手もやや小声で、いえ、と答え、地図を頂きましたので、目的地まで少しばかりお休みになってもよろしいですよ、と続けた。
 ありがとうございます。
 もう一度、小さな声が聞こえた。そして少しするとすぐに二つの寝息が聞こえてきた。
 運転手は余計な震動や騒音を起こさぬよう注意を払いながら、ゆっくりと車を走らせていく。
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テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

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