諸々日記

雑記を書くスペース → 小説置き場へと変貌中。→再び雑記置き場へ?

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

マペット

文字数5000字。

あらすじ:
森の奥には城があった。
外部の人間は誰も足を踏み入れないその城には、隠された地下牢がある。
少年は物心ついた時からそこにいた。








 
 とある国、とある森の奥深く。
 周辺の街や村に住む人々も滅多に足を踏み入れないその場所には、大きな屋敷が存在した。
 その屋敷がいつからそこにあるのか、何故そんな場所にあるのかはわからなかった。ただ、そこには昔からの貴族が住んでいるのだということだけは、伝承のように伝わっていた。親たちは夜になると、木々の向こうに見える尖塔の影を見ながら、「森に入ってはいけない。森には魔物が住むからね」と子どもたちに語りかけたものだった。
 だが実際のところ、その屋敷が森の奥深くにあるということに深い意味があったのかはもうわからないし、あったとしてもこの時代に生きる人々には既に関係のないものであるに違いなかった。事実、森にさえ入らなければ、人々がその屋敷を意識する必要はまるでなかったのである。
 そこにあっても意識されないのであれば、それはないのと同義であろう。多くの人々にとって、屋敷はとうに過去の遺物と化していた。
 ──では、屋敷が忘れられた存在であるならば、そこに住む人間もまた忘れられているということになるのだろうか。
 その屋敷には隠された地下牢があった。そんなものがある理由はきっと、この屋敷が存在する理由とも繋がるのだろうが、今はそのことは置いておく。ともかく、屋敷には地下牢があり、そして。
 その中に、一人の少年が入れられていた。
 少年は奴隷だった。
 奴隷といっても何か仕事を任せられるわけでもなく、たまに主人が供の者を連れて地下牢に降りてきた時、そばでお酌をするくらいだった。
 物心ついた頃から、少年は既に牢の中だった。
 少年が何故ここにいるのか、主人は少年に説明してくれなかった。そもそも主人は、地下牢に来ている間に口を開いたことがなかった。もちろん少年が私語をすることなど許可されていないので、黙々とお酌をし、主人が席を立てば少年の仕事は終わった。何故主人は地下牢なんかでお酒を飲むのだろうといつも疑問に思うのだが、その答えは見つからなかった。
 少年のこれまでの人生はその繰り返しだった。地下牢から出たことなど一度もない。唯一、地下牢にはとても高いところに明かり取りがついていて、そこから見える空だけが少年と外界を繋いでいた。
 きっと自分は死ぬまでここから出ることはないのだろうと少年は考えていたのだが、ある時転機が訪れた。
 いつものように主人が酒を飲み終わって地下牢を出て行き、仕事を終えた少年は牢の壁に背中を預けて座り込んでいたところだった。
 少年が気づいた時には既に、その影は格子の前にあった。
「あなた、誰なの?」
 一人の少女がそこにいた。少年は驚愕の目で彼女を見たが、彼女もまた驚きと好奇の眼差しを少年に向けていた。
 少女は名前をロダと言った。少年は自分の名を知らなかったので自己紹介ができなかった。すると少女が「アルト」という名前を与えてくれたので、それを名乗ることにした。
 ロダは主人の娘だった。自分の父が時折屋敷からいなくなるのをずっと不思議に思っていたらしい。そして今日、眠れずに屋敷の廊下を歩いていたところ、中庭に存在した秘密の通路に主人と供の者が入っていくのを目撃したそうだ。主人たちが出てきたところを見計らい、自分も中に入ってみたのだと言う。
「うちに地下牢があったなんて知らなかったわ。ねえ、あなたは何故こんなところに入れられているの?」
 その理由を知りたいのはアルトの方だった。
「このお屋敷に私や父様、使用人たち以外の人がいたなんて。そして秘密の牢屋。こんなにわくわくしたのは初めて。父様は外へ出てはいけないと言うから。抜け出したことがばれないうちに今日はもうベッドへ戻るけど、近いうちにまた来るわ。その時は、お話ししてくださる?」
 アルトは、まともな会話を交わしたのはいつ以来かと考えるほどだったので、すぐに頷いた。
 それからロダはたびたびアルトの元へやってくるようになった。
 格子を挟みながら二人は会話をした。といっても、ずっと牢にいるだけのアルトに話すことなどなく、ロダが話してくれる外の世界の話に耳を傾けていることがほとんどだったが、それでもアルトはとても楽しい時間を過ごすことができた。何しろ、長い間アルトにとっての世界は地下牢の中だけだったのだから。
 ロダも自分と同年代の子と話せることが嬉しくてたまらないようだった。話をする時、ロダはよく快活に笑い、好奇心で瞳を満たし、時には涙をこぼしたが、アルトが慰めるとまたすぐに笑顔へと戻った。
アルトとロダが出会ってからずいぶん経ち、明かり取りから吹き込む空気が冷たくなってきているのをアルトは感じていた。
「冬が近づいているの」とロダが教えてくれた。アルトは空気が暑くなる時期と冷たくなる時期があるのは知っていたが、冬というものを直に見たことがない──牢に入れられる前に見ていたかもしれないが、覚えていない──と言うと、ロダはうんうん考えながらなんとか説明しようとしてくれた。それがアルトには可笑しかった。
 寒くなると、地下牢には火が焚かれ、番がつくようになる。アルトが凍死しないようにするためだ。常に人がいることになるため、しばらくロダに会えなくなるかもしれない。
 そのことを伝えると、ロダは悲しそうな顔をした。その日、彼女はいつもよりも早く屋敷へと戻っていった。
 次にロダが来るまでには、若干の間があった。アルトはロダを怒らせてしまったのかもしれないと思ったが、「なんとかいい方法はないかずっと考えてたの」とロダは言った。
 ほっと息をつきながら、何か思いついたかアルトはロダに訊いた。ロダはうつむき加減のまま、静かに首を振った。
「父様にアルトを出してくれるよう頼んでみようかと考えたわ。……でも駄目。父様はわたしの言うことなんて聞いてくれないし、この地下牢とあなたのことを教えてくれなかったのだから、きっと父様はわたしに知ってほしくなかったのだわ。わたしの口からあなたの話なんてしたら、それこそ二度と会えなくなってしまうかもしれない」
 どんなに早くても冬が過ぎるまではロダに会えないことは、ほぼ決定的なように思われた。
 これまで生きてきて、初めて「楽しい」と思える時間を過ごしたアルトだが、それをまた取り上げられるということはどれほどつらいことだろうと考えると、彼は身震いした。
 でも──と、アルトは考える。ずっと何も知らずに生きていくのと、いずれ失うとわかっていても何かを手に入れるのは、どちらが幸せなのだろうと。その答えはアルトにはわからなかったが、少なくともロダと出会わない方がよかったという気持ちは全くなかった。
 それゆえに、失うことを恐れたのだ。
 だから、余計なことを訊いてしまったのだ。
 いつの間にか地下牢の一角には山のように薪が置かれ、ついに火が焚かれる日が決まった。その前日、アルトとロダは、地下牢の寒さに身を縮こまらせながらも、いつものように他愛もない会話を楽しんでいた。
 楽しんでいたのだが、二人の間に漂う空気がどことなく違うのをアルトは感じていた。きっとロダもそうなのだろうと思った。
 ロダが「そろそろ帰らなきゃ」と言ったのは、今までよりもずいぶん遅い、夜もずいぶんと更けてきた頃だった。
 お互いに一時の別れを言う時期を見失っていた。ロダがそれじゃ、と言い、アルトも返事をしながらも、まるで身体の動かし方を忘れたかのように二人とも黙って相手を見つめていた。
 ──もしかしたらこれで最後になるかもしれない。
 何故その考えが浮かんだのか、アルトにはわからない。
 気づいた時には、言葉を発していた。
 眼鏡を外して顔を見せてくれないか、と──。
 ロダは出会った時からずっと、顔の半分ほどを覆う大きな眼鏡をつけていた。目の周囲まで完璧に覆うもので、レンズは黒色だった。主人のお供の中に眼鏡をかけた人物はいたが、黒いレンズを見るのはアルトは初めてだった。当初はこれで見えるものなのかと訝しんだが、ロダは問題なく生活しているようだった。
 そういうこともあって、アルトはロダの素顔を見たことがなかったのだ。
 彼女の顔が見たい。
 アルトは純粋にそう思っただけなのだが、その気持ちは思いがけずロダを悲しませる結果になったようだった。
「父様はこれを外しては絶対にいけないと言っていたの。そして、こればかりは父様の言うことが正しいと私も思う。なぜだかわからないけどそう思うの。でも……あなたの望みも叶えてあげたい。私、どうしたらいいのかしら」
 迂闊なことを言ってしまったとアルトは後悔したが、もう遅い。気にしなくていいと言っても、ロダは聞いていないようだった。牢の前で、うつむきがちに何かを考えているようだった。アルトは、そんな彼女を見つめることしかできなかった。
「眼鏡を外すつもりか、ロダ」
 その声が聞こえた時、アルトの心臓は凍りついた。
 はっとしてロダが振り返る。視線の先には、ロダの父親──アルトの主人がいた。
「おまえがここに出入りしていたことは知っていたよ。大したこともあるまいとずっと見逃していたが……今日は姿を現させてもらった」
 主人の後ろに男が立っている。供の者だろう。今までのアルトとロダの会話を聞いていたということなのか。アルトはまるで気づいていなかった。
 こんな緊迫した状況だというのに、主人の声を聞いたのは初めてかもしれないなどと、アルトは考えていた。
「と、父様。私……」
ロダの狼狽ぶりもアルトが初めて見るものだった。取り乱すというより、父親を畏れているようにも感じられた。
慌てるロダに、主人はゆっくりと、噛んで含めるように言った。
「眼鏡を外しても構わんよ」
 アルトは自分が聞き間違いをしたのだと思った。
「外しても構わん」
 主人は二度繰り返した。アルトに背中を向けているロダの表情を窺うことはできないが、きっとぽかんとしているに違いないとアルトは思った。こんなにもあっさり許可がでるなど、誰が想像できるだろう。
「本当ですか、父様」
 嬉しそうなロダの声。
「ああ。本当だとも。……ただし、後悔することになるかもしれないが」
 またしても主人の口から訳のわからない言葉が飛び出した。
 眼鏡を外したロダが後悔するとは、何故だ。
「あの……それは一体」
「それ以上の質問は許さない。さあ、少年と向き合え」
 主人の声音は柔らかかったが、その言葉には有無を言わさぬ迫力があった。指示されるまま、ロダは再度アルトと向き合った。その顔には困惑の色が浮かんでいる。どうすればよいのかわからないようだった。
 アルトは微笑み、大丈夫だよと声をかけた。ロダの顔が見たいと、彼女の目を見据えてはっきりと言葉にした。
「わかったわ。アルト」
 ロダも決心したようだった。彼女は眼鏡に手をかける。
 アルトの想像通り、ロダは綺麗な顔をしていた。
 アクアマリンの透き通るような瞳に、長い睫毛。他の女の人と見比べたわけでもないが、ロダにかなう女性はいないだろうとアルトは確信していた。
 だがロダの素顔に見とれていたので、重要なことを見落としていることに気づくまでに時間がかかった。
 眼鏡を外したロダから感情が消えていた。
 表情豊かなロダが、素顔をアルトに見せて顔色をぴくりとも変化させなかった。いや、表情だけではない。肌の温もりや、呼吸も感じられず、生きているようにさえ見えなかった。
 人形のようだ。アルトは思わず呟いていた。精巧な、人間の人形。
「そういうことだ」
 主人がゆっくりと牢へ近づいてきた。
「後悔したか、少年」
 主人がロダ〝だったもの〟の肩に手をかける。
 その時、普段は感情のかけらも見せることのない主人の目に、深い哀しみと愛情が宿っていたように、アルトには見えた。
「そして少年。君も同じなのだ。この地下牢を出れば、君もひとつの人形となる」
 〝だったもの〟の前に出て、格子を挟んでアルトと対峙した主人は言った。
 主人は手にした鍵で、格子の錠を開けた。そしてアルトに背を向けると、供の者に合図をして、そのまま地下牢の出口へと歩いていった。
「出たければ出てみるといい。……ただし、後悔することになるかもしれないが」
 振り返らないまま、主人は地下牢を後にした。供の者も、格子の前に佇む人形を抱きかかえると、主人の後を追った。
 そして牢にはアルトだけが取り残された。
 状況自体はいつもと何も変わっていない。変わったのは、固く閉ざされていなければならない牢が、その役割を果たしていないということだ。
 アルトは牢の出口の前に立った。
 後悔するかもしれない──。主人の残した言葉が頭にこびりついている。出るべきか、出ざるべきか。出なければきっと、明日にはこの牢は元通りになり、アルトも前の生活に戻ることができるだろう。
 だが。
 アルトは足を持ち上げた。それはアルトが覚えている中で初めて、牢の外の空中を泳いでいる。そして初めての地面が近づく。
 主人はアルトに『後悔したか』と訊ねた。
 まさか。心の中で否定する。
 ロダの素顔を見られたことを、どうして後悔することがあるだろうか。
 アルトの足が、牢の外の床を踏みしめた。
スポンサーサイト

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

小説:単発 | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<見舞い | ホーム | >>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。