諸々日記

雑記を書くスペース → 小説置き場へと変貌中。→再び雑記置き場へ?

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

手前の街

しばらく更新してませんでしたね。
いつの間にか時間が過ぎていました。すみません。


今回は約13000字。
ジャンル:ファンタジー

熟練ハンターのアリスは、いつものように街の人からの依頼をこなし帰路についていた。
その時、モンスターに襲われ危地に陥っていた新米ハンターの青年を助ける。
青年はアリスに「あなたのパートナーにしてください」と迫り、アリスはそれを断るのだが──

作品の執筆背景については、『更新情報』の「read more」をご覧下さい。










 うだるような暑さが続いていた。まだ朝も早いというのに熱気が充満し、いくら汗を拭ってもすぐに別の汗が首筋を流れる。
「北の山にドラゴンが現れたらしい。被害が出る前に倒すってんで今有志の討伐隊を募っているところなんだが、是非協力してくれないか」
 そう声をかけられたのはアリスが仕事で街の外へ出ようとしていた、そんなときだった。呼び掛けてきた男の風体を見ればハンターであるとすぐわかったのでなんとなく察しがついたが、内容を聞いた彼女はあからさまにうっとうしそうな表情を浮かべた。
「討伐隊募集の呼び掛けならここ数日飽きるくらい聞いてるんだから、参加の意思があったらとっくにしてるわよ」
「まあそう言わずにさあ。手は多い方がいいし、それにあんたほど強いハンターはこの辺じゃそうそう見つからないんだよ」
 男はなかなか引き下がらない。らちがあかないのでもう行ってしまおうとしたアリスだったが、腕を掴まれた。
「つれなくするなよ。実は前からあんたが気になってたんだ。討伐隊の勧誘ってのはただの口実。どうだい、今晩おれと付き合うのは」
そう言いながら男はアリスの腰に手を伸ばした。
だが触れられる前にアリスはその手を掴むと、次の瞬間には男の身体が宙を舞っていた。男は自分に何が起きたか理解する前に、強烈な蹴りで男を吹き飛ばされた。
アリスは地面に叩きつけられて気を失っている男の脇にしゃがむと、一言かけて去っていった。
「女ハンターの口説き方には気をつけないと、火傷するわよ」


 依頼されていた〝火蜥蜴の鱗の収集〟を終えてアリスが山を降りたときには、日は中天よりもやや西側へと傾いていた。しかし暑さが引いてくるまであと数刻はかかるだろう。街までの道は岩と土ばかりの荒涼とした風景が続いている。陽の光は直に大地に降り注ぎ、容赦なく外気温を上げていく。
 帰ったらまず湯浴みをしよう。アリスは汗を拭った。こんなに汗をかいていたら、酒場に涼みに行っても追い返されるかもしれない。
「うわっ。ちょ……こいつ、強い! やば、やばい」
そのとき、後ろの方から声が聞こえてきた。気になって振り向いたが誰もいない。おや、と思ったが、大きな岩の奥に影が動いているのが見える。そしてくぐもった声と共に赤い何かがはねた。
反射的にアリスはサックを置いて駆け寄っていた。
岩陰から青年が現れた。右腕を押さえてよろよろと後ずさりをする。
 その青年を追って、同じく岩陰から巨大な棍棒が伸びてきて、青年の頭を打った。地面に叩きつけられた青年はそのまま動かない。
 青年が対峙していたのはオークだった。右手に棍棒、左手に鉈を持った、ゴリラのような姿形をしたモンスターだ。
 オークが左腕を大きく振り上げたが、次の瞬間にはアリスの放った矢が腕を射抜いた。鉈を落とすオーク。その落ちた鉈が倒れた青年の頭すぐ脇に突き刺さったものだからアリスはひやりとした。
 怒りに燃えた眼でオークがアリスに振り向く。だがそのときにはアリスが懐に潜りこんでいて、オークの胸元に短剣を突き立てていた。オークは苦悶の表情を浮かべながらゆっくりと倒れ、沈黙した。
「大丈夫?」
 手を差し伸べると、気がついた青年は慌てた様子でその手を取ったが、怪我をした右腕が痛むのか顔をしかめながら立ち上がった。アリスはサックを取ってくるとすぐに怪我の具合を見た。
「少し深いけど止血すれば大丈夫そうね。この薬を飲みなさい。一晩休めば明日までには回復するから。殴られた頭はどう? ……よかった。あんなもので殴られてコブだけで済んだなんて大したものね。よく鍛えてる。でも自分と相手の力量ぐらい見極めなさいね」
 アリスは手早く手当てを終え荷物をまとめると、「それじゃ」とだけ言い残して立ち去ろうとした。だが青年は声をかけてそれを制止した。呼び止められたアリスは怪訝な顔で振り向いた。
「何?」
「あまりに手際が良くて、なんだか言うタイミング無くしちゃって……。その、助けていただいてありがとうございました」
「いいのよ別に。お互い助け合うのはハンターの基本。今度はキミが困っている人を助けてあげなさい。じゃあね」
「あ、待って下さい」
「まだ何かあるの?」
「僕を一緒に連れていってくれませんか」
「え? ……ああ。確かに、ここから街まで手負いで歩くのも安全とは言えないものね。わかった、じゃあ……」
「そうじゃなくて。あなたのパートナーにしてくれませんか、という意味です」
 突然の申し出にアリスはきょとんとしてしまった。一瞬プロポーズかと思ったが、まさかそれはないだろう。彼は『ハンターのパートナーにしてくれ』と言ったのだ。
「あたし、パートナーは取らない主義なの」
「でも……」
「キミ、まだ新米でしょう。キミの腕前じゃあたしのパートナーは務まらない。厳しいことを言うけど、キミといて得になることはないよ」
 青年は追い詰められたうさぎのような顔をして黙り込んでしまった。可哀想なことをしたか、と思ったが仕方がない。アリスは彼の肩を軽く叩くと、街の方角へ歩き出した。青年も後ろからついてくる。
「僕が」
 街の門が大きく見える距離まできたとき、今まで黙っていた青年が口を開いた。アリスは足を止めて軽く振り向いた。口に入れていた昼食代わりの簡易携帯食を急いで飲み込む。
「僕があなたにとって有益な人間なら、一緒に行ってもいいですか」
 彼はまだ諦めていなかったようだ。アリスは少し考えた。
「そうね。キミがあたしに何かしてくれるなら、あたしもそれに応じなければいけないね。ただあたしはそもそも、誰かと一緒に行動することが嫌いなの。もし本気で言ってるとしたら、キミはその壁を乗り越えなきゃならないってことは覚えておいてね。……ほら、ここまでくればあとは一人で帰れるでしょう。あたしは行くから、じゃあね」
「ありがとうございます。認めてもらえるようがんばりますね」
 頑張るつもりらしい。アリスは苦笑しながら手を振って別れた。 
 
 
「……なにこれ」
 寝起きと二日酔いの頭痛のせいでぐらぐらする頭を抱えながら、アリスは部屋のノブにかかっていた袋を見つけた。袋の中に入っていたのはまだ温かさの残る美味しそうな料理だった。器の上に手紙が添えてあった。
『食べてください。あなたに救っていただいた者より ラスティー』
 どうやら昨日の彼はプレゼント戦法で攻める気らしい。口元に笑いを含みながらその料理を居間へと運んだ。どうしようか迷ったが、結局ありがたくいただくことにした。
「あら美味しい。……あなどれないわね」
 ちなみにアリスの料理の腕はからっきしである。
その日以降、青年──ラスティーは毎日朝食と昼食をアリスに届けるようになった。アリスがいつも街の東門から外に出ることを知ってからは、昼食は門でできたてを手渡してくれるようになった。雨の日でも彼は雨具を来てアリスがくるのを待っていた。
ある日、いつものように門で待っていたラスティーの顔が赤いのにアリスは気づいた。
「ちょっと、ひどい熱じゃないの!」
昨日の雨で風邪を引いたらしい。彼を医者まで連れて行ったアリスは呆れながら言った。
「キミの強さには負けた。わかった。キミに付き合うよ」
そう言ったときのラスティーの表情を、アリスはよく覚えている。
アリスは困った顔をしながら笑ったが、ハンターなら自分の身体は大事にするように戒めると、ラスティーは申し訳なさそうな顔をした。
それからアリスはラスティーの鍛練を指導することになった。
自分も何とも珍しいことをしたものだ、とアリスは改めて驚いた。だけどたまにはこういうのも新鮮でいいかもしれない、とも思った。
ラスティーがあまりに嬉しそうなのでアリスは苦笑したが、自分の行為が他人のそのような表情を引き出したのは久しぶりな気がした。
 もっとも、ラスティーが笑っていたのは最初だけで、鍛錬が始まった途端、アリスのしごきの厳しさに悲鳴を上げることになったのだが。
初日の昼休み、アリスは隣で食事もとらずぜいぜいと息をし続けているラスティーに、何故自分に料理を作ろうと思ったのか聞いてみたことがあった。彼は荒い息をつき、言葉が途切れ途切れになりながらも答えてくれた。
「アリスさんは上級ハンターだから僕にできることなんてほとんどない。それでも何ができるかなって考えたとき、そういえば鞄の中に携帯食ばかり入ってたなって思い出したんです。これだ、と思いました」
 つまり、「きっとこの人は料理のできない人だ」とみなされたらしい。言い返したくても事実なのでできなかった。仕方ないのでその観察力を褒めた。
 その次の週、休憩をしていた二人はハンターの隊列が街道を歩いていくのを目撃した。
「あの人たちはどこに行くんでしょうか」
 ラスティーは汗を拭いながら隊列を眺めていた。アリスは大きめの石に腰掛けて、膝に頬杖をついている。
「きっとドラゴン討伐隊ね」
「ああ、僕も街で何度か耳にしました。アリスさんは参加しなかったんですね」
「まあね。気になることもあったから」
「気になることですか」
「うん。ドラゴンは雌雄一対で行動するのは知ってる? でも目撃情報はまだ一体しかない。彼らはパートナーが欠けたとき、必ず〝龍のねぐら〟と呼ばれる場所に帰る。そこで新しいパートナーを見つけてからまた行動を開始するの。これは彼らの摂理。あたしたちが毎日食事をしたり眠るのと同じだから、例外なんてないはずなの」
 アリスは立ち上がり、おしりを手で払うと言葉を続けた。
「ただ、手なずけられた龍の場合は必ずしもそうとは言えない。……そしてもう一つ、ドラゴンが現れたのと同じ時期、北の山を越えたところにある、国の防衛ラインを魔族が攻撃し始めたことは知ってる?」
「はい。小規模な戦闘が繰り返し行われてるみたいですね。……え? つまりそれって」
 何かに思い当たったらしいラスティーがはっとした様子でアリスを見た。アリスの言わんとしたことを理解したようだ。この子は頭の回転が早い、と彼女は感心した。
「まあそれはさすがにこじつけすぎだと思うけどね。防衛線が抜かれたっていう話はまだ聞かないし。もう一体のドラゴンは発見されてないだけで山にいるかもしれない。一対で行動するって言っても、全く同じ行動をとるってわけじゃないから。何にせよ、事実は討伐隊が調べればわかるでしょ。ほら、休憩は終わり。続き始めるよ」
 不安そうな顔をしたラスティーをアリスはせっついた。彼はもう一度ハンターの隊列を見送って、鍛錬に戻った。
 ラスティーは日を追うごとに順調に成長していた。
 元々才能があったのだろう。その片鱗をアリスは何度か見ている。それは日常生活における些細なことだったり、追い詰められたときだけ現れるものだったりしたが、その能力は徐々に、だが確実に進歩している。
 しかし、彼がモンスターにとどめを刺すことをためらい逆に窮地に追い込まれたときがあった。モンスターはアリスに始末されたが、その後彼女はラスティーを問いただした。
「どうして手を止めたの」
 ラスティーはしゅんとしたまま何も言わなかった。アリスもそれ以上何も言わず、彼が口を開くまでじっと待った。
 アリスは、理由には見当がついていた。しかし、それはラスティーの口から直接聞かなければならない。
「……僕は一体何の権利があって、彼らを殺しているんだろうと思ったんです」
ラスティーの返答はアリスの予想通り、ハンターの多くが一度は経験する葛藤だった。自分もかつて同じ悩みを抱えたことを思い出すと、ある種の懐かしさが湧いてきた。だが同時に寂しさも覚えていた。
いつの間にかそのことを考えなくなっていた自分がいた。
「何故戦って、殺すのか。その答えは自分で見つけなきゃいけない。その結果、戦わないという結論を出したっていい。でもね、実際に戦っているときにそれを考えるのはやめておきなさい。余計なことを考えながら生きていけるほど戦いは甘くないから」
 ラスティーがますます小さくなってしまった。アリスは彼の肩に手をかけて続けた。
「答えを出すのは難しいかもしれない。けど、自分が何故ハンターになろうと思ったのか。それを忘れなければ、迷うことがあっても道を見失うことはないはずよ」
「僕の理由……」
ラスティーはしばらく何かを考えていたようだ。やがてアリスの顔を見ると「わかりました」と一言だけ、しかし力強い意志を感じさせる語調で答えた。
彼の表情にアリスは一瞬はっとした。そして穏やかな笑顔を返した。
『人と行動することが嫌いな自分』という足元が揺らいだような心地がした。
「日も傾いてきたし、今日はここまでにしようか」
 街へ帰る道中、ラスティーはずっと考えていたらしいことを聞いてきた。
「アリスさんはなんでハンターになったんですか? ハンターでいることに迷ったことはないんですか」
「え……」
 不意を突かれたアリスは絶句した。
 あまり言いたくないことだった。ラスティーにはなんと答えようか、彼女は迷った。
「……あたしがハンターになった理由については、いずれ知るときがくるかもね。迷ったことは何度もある。けどその原点があたしにとっての全てで、それがあたしの背中を押し続けた。それが答えかな」
「ハンターを続ける人とやめる人の違いって一体何なんでしょう」
「ハンターになってまで達成しようとした何かと、その過程で生じる矛盾やハンターという存在への疑念。それを天秤にかけて、一体どちらが重いのか。それがはっきりしたときに、ハンターを続けるか、別の道を進むかが決まるとあたしは思うよ」
「アリスさんはハンターになってもう7、8年目なんですよね。これだけの間ハンターを続けてきたってことは、その原点はアリスさんにとってそれだけ大きいものってことですね」
その言葉を聞いたアリスは思わず黙り込んでしまった。
何かで胸を抉られるような心地がした。だが、穴を開けて覗き込んだ先には何もないのだ。残るのは穴を開けた痛みだけ。
 何も言わないアリスを不審に思ったのか、前を歩いていたラスティーが振り返ったので、アリスは笑顔を作った。だけどやはり、彼の言葉には返事をしなかった。
 
 
「魔族が街に攻撃をしかけてきた」
その知らせを聞いたのは、アリスがラスティーと行動をとるようになってからまもなく三ヶ月目に入るというころだった。そのときは、ラスティーも街周辺のモンスターでは物足りなくなってきていた。彼はそろそろこの街から移るべきだとアリスは思った。
必然、自分はどうするのだろう、と考えた。きっと彼がこの街を出るとき、二人の関係は終わるのだろう。
少し寂しい、と感じている自分の変化にアリスは戸惑った。何故だろう、望んでいないことだったはずなのに、と。ラスティーがパートナーになりたいと言わなければ、何も変わらなかったはずだ。
今更ながらなぜ彼はアリスについてこようと思ったのだろうか。聞いてみた。
「理由ですか。それは……」
 言い終わる前に飛び込んできたのが魔族襲来の報だった。街から脱出してきた住民が教えてくれた。妻と子どもらしき人物をつれたその中年男性は顔を青ざめさせながら早口でまくし立てた。
「あんたらも早く逃げなさい。街の西区は既に壊滅だ」
 前にラスティーと話したことを思い出したアリスは、彼と顔を見合わせた。まさか本当に起きてしまうとは。
「どうして街の中で隠れてなかったの。無闇に外に出たらその方が危ないじゃない」
「隠れる場所なんかなかったんだ! やつら手当たり次第に家を破壊してる。避難所も潰された。まだ街の外の方が生きる見込みがある」
 そのとき、街の上空にドラゴンが現れたのをアリスは見た。彼女は自分の目を疑った。こちらも当たってしまうなんて、何かの夢だろうか。
「あれが西区を火の海にしやがった。避難所を破壊したのもあいつさ」
「こちらからの抵抗は?」
「ハンターと街の保安隊が頑張ってる。だけど、腕の立つハンターがほとんど討伐隊で出払ってるから人が足りないんだ。西区と行政区の境で激しくやり合ってるみたいだが、それもいつまでもつか。オレたちは近くの村に避難するところなんだ。他のみんなは集団で向かったんだが、はぐれた子どもを捜しているうちに逃げ遅れてしまってね。危ないところだった。だけど無事で本当によかった」
 男性の妻が子どもの頭を撫で、妻の肩を男性が抱いた。男性たちはまさに着の身着のままといった様子だった。だが彼らは失ったものよりも、今を無事に過ごせていることの方が重要であるようだった。
 彼らはアリスたちに別れを告げるとまた足早に去っていった。それを見送ったアリスは神妙な顔をしながら考え込んでいる。
「やっぱり、北の山に出たドラゴンは陽動だったのね。狙いは街を手薄にすることだった」
「急ぎましょう!」
「行ったところで何ができるの。魔族は強い。キミは多少強くなったけど、まだ彼らに太刀打ちはできないわ。逃げましょう」
 アリスの返答はあまりにも意外だったらしい。ラスティーは目を丸くしたが、すぐに血相を変えて訴えてきた。
「でもアリスさんは強いじゃないですか。最初から諦めていたら助けられるものも見逃してしまいますよ!」
「いくらあたしでも一人でどうにかできる力はない。街がまるごと連中の策にはまったのよ。そして勝てると思ったから仕掛けてきた。一番近くの街まで援軍を要請しても到着まで一日はかかる。それまでに全てを終わらせるつもりのはず。きっと多少の誤差は織り込み済みでしょう。魔族の狡猾さをキミはまだ知らない」
 ラスティーは歯噛みした。その拳は固く握りしめられている。そして彼は絞り出すような声でアリスに訴えた。
「確かに僕には力が足りません。だけど……だからって、何もせずに見て見ぬふりは僕にはできません。僕にはアリスさんが理解できない。力があるのに、どうしてそれを使おうとしないんですか。自分が持ってる力を使うだけで、大勢を助けることができるのに!」
 ラスティーはアリスの方は見ず、地面に視線を落としながら話した。最後にはうなるような声で叫んだので、驚いたアリスは刹那、身体を硬くした。
 アリスは何も答えなかった。ただ、彼の言葉には含みがあるということは直感した。
「僕は行きます」
 ラスティーはアリスをじっと見ていた。アリスも彼を見返した。その端正な顔に秘められているものをアリスは前にも見ていた。彼の瞳は力強い意志、信念を曲げない強さを帯びている。
「死んじゃだめよ」
 アリスにはそれしか言えなかった。ラスティーはアリスに背を向け、振り返らないまま言った。
「どうしてあなたは、そんなに自分を傷つけたがるんですか」
 ラスティーは街へ向かって走り出した。
アリスは彼が最後に言った言葉の意味がよくわからなかった。しかしその言葉は胸の内に黒く、大きな何かを残していった。
実体なんてないはずのそれは、しかし確かな存在感を持っていた。まるで胸に巨大な南京錠をかけられたような気分だ。それは今まで経験したことがないような過重をかけてきた。
自分が確かに傷ついていることに、アリスはそのとき気づいた。 
 
 
 結局アリスも街へ向かった。胸の重さに耐えきれなかった。
 とにかくラスティーを探そうと行動し、東区、行政区と一気に駆け抜けていった。行政区にあるという防衛ラインがまだ機能しているおかげかここまで魔族の姿はほとんどなかったが、建物はドラゴンに破壊され、そこら中で炎が噴き上がり道を塞いでいた。
 遂にハンターと保安隊のいる戦線に到着した。その場は混沌としていた。大声で彼の名を呼んだがやはり返事はなかった。
 傷を負って休んでいたハンターに話を聞くと、西区住民についてはできる限りの救出活動は行ったらしい。退路が断たれそうになったため途中で諦めざるを得なかったようだ。
「あと少しで全員逃がせたんだ。くそっ。残忍な連中のことだ。恐らく残された人たちは、もう……。だけど、街の人たちを助けに行くと言って聞かない奴がいたんだ。よせと言ったんだが遂にそいつ、屋根を伝って西区に入っちまった。あんたが言ってるのはそいつのことか?向こうは既に連中の巣窟だ。どうなったかわからんぞ」
 それだけ聞けば十分だった。
 アリスは礼を述べると小剣を抜き、一気に敵のまっただ中に飛び込んだ。後ろから、死ぬ気か、などと叫ぶ声が聞こえたが振り向かなかった。隙間を縫うようにして、時には相手を切り伏せながら敵味方ひしめく中を突っ切って西区に侵入した。
 アリスはラスティーの名前を叫びながら西区を疾走した。彼女の存在に気づいた魔族が襲ってきたが、すぐに屍となって横たわることになった。魔族の大半は前線に集中していたが、少数の別働隊が街の破壊活動や隠れる者の掃討をしていたようだ。
 街を走っていると何度も住民の遺体と出くわした。彼女はその度に煮えたぎる湯を飲み下すような思いをした。その思いをのせた剣で攻めてくる魔族を打ち倒した。だが、生存者などいないのではないかという不安は募るばかりだった。
 だが本通りを歩いていたアリスは、ある袋小路に建物の裏口から三人の男女が飛び出してきたのを発見した。そこにラスティーはいなかったが、ようやく生存者と出会って張りつめた気が少し緩んだ。
だが住民たちの様子がおかしいことに気づいたときには、彼らのあとに続いて出てきた魔族が住民の一人を剣で斬りつけていた。
アリスは血の気が引いた。一瞬でも油断した自分を責めた。
 斬りつけられた男性は幸運にもまだ生きていたが、住民たちは壁際に追い詰められてしまった。そこに裏口からもう一体魔族が姿を現した。遠目にも生存者たちの顔が絶望に染まるのが見てとれた。
 アリスが続けて放った五本の矢が二体の魔族に命中する。矢が腕と肩に刺さった一体の魔族は動きを止めた。
 もう一体は背中に二本の矢が当たったが、両方ともその堅い外殻に傷をつけただけで弾かれてしまった。元々ラスティーの訓練に付き合うだけだったので廉価な矢しか持っていなかった。この矢では魔族に対抗するには不十分なのだ。
 その魔族はアリスに目もくれず、目の前で震える女性に剣を振り下ろした。だがそこに横から黒い影が飛び込んでいった。剣は当たらず、体当たりされた魔族はバランスを崩し、その影と共に倒れ込んだ。
 状況は不明だが助けるなら今しかない。アリスは走り出した。
倒れた魔族と人影がもがいている。もう一体の魔族が近寄りその影を蹴り上げた。呻き声と激しくむせる音が聞こえる。
その声には聞き覚えがあったけれど確認する余裕はない。蹴りつけた魔族がその人影に剣をかざしたからだ。
 アリスは魔族の背中に跳び蹴りを浴びせた。魔族は生存者たちのいる壁際へ吹っ飛んだが、彼らが慌てて避けたのでそのまま壁にぶつかった。
 その魔族が体勢を整える前に、アリスは小剣で背中を貫き、左手で短剣を首に突き立てた。それでそいつの動きは止まった。
 そこに何か大きなものが後ろからぶつかってきた。アリスは今自分が始末したばかりの魔族に押しつけられる形になった。
 アリスにぶつかってきたのはラスティーだった。やはり先の人影は彼だった。体当たりされた魔族が彼を投げたらしい。
「あ、アリスさん! なんで……」
「いいから、どいて!」
 ラスティーを横に押しのける。そこに魔族が突き出してきた刃を、アリスは姿勢を低くしてかわした。かわされた剣はアリスに倒された魔族の身体を串刺しにし、更に壁を破壊した。
頭上にある魔族の腕を短剣で斬りつける。だがそれより早く腕を引いた魔族が二段目を放った。先ほどよりも鋭い突き。剣先を小剣で横から叩くことで軌道を逸らした。
剣がアリスの顔から十センチほど横の壁を砕く。壊された壁のつぶてがアリスの顔を打ったがそれも気にせず、アリスは地面に左手をついて、両足で魔族の腹に蹴りを叩きこんだ。敵は十メートルほど飛ばされて石畳にぶつかったが、受身を取って宙で一回転した。
魔族が重力を無視したかのようにふわりと浮いたのをアリスは見た。今もその足は地に着いていない。
「しまった。ラスティー、その人たちを連れて裏口に! 早く!」
 ラスティーは速やかに行動に移った。アリスは鞄の中から道具を取り出し、ラスティーたちの後ろに続く。
「行って!」
 扉を閉めたアリスはそこで道具を使った。壁に叩きつけられた球体から白い煙が出て辺りの視界を徐々に奪っていく。煙幕だ。ただの煙幕ではなく、触れた者の動きを一定時間鈍らせる薬品が仕込まれている。煙に触れてしまう前にアリスはラスティーたちに合流した。
「アリスさん、なんなんですかあいつ。さっき浮いてたような……」
「魔族には軍隊みたいに階級があるんだけど、あいつは〝軍曹〟ね。認識票を確認するのが遅れたのは失敗だった。下士官から上の連中は何か特別な能力を持ってるらしいから」
 アリスは早足で歩きながら先ほど斬りつけられた男性の傷を簡単に診た。軽傷だった。つまずいたときにうまくかわしたのだろうか、何にしろ運がいい。続いてラスティーを診ようとしたが「打撲だけだから大丈夫です」と彼は断った。
 彼らがこの建物にいたのは、街の人だけが知っている地下通路がここの奥にあるかららしい。ラスティーはそこへ向かう途中の彼らと合流し、あと少しというところで魔族に襲われたそうだ。アリスは彼らに案内させた。今度は魔族に襲われることもなく地下通路に入ることができた。通路は思ったより広かった。ここを歩いていけば最終的に東区の端まで出られるらしい。
 さっきの魔族は遂に追ってこなかった。見失ってくれたようだ。
 そう考えていたアリスは、通路の天井を破壊して魔族が目の前に降りてきたときは完全に油断していた。
 土煙の中から繰り出された見えないほどの速さの斬撃。すかさず抜刀した小剣での防御がなんとか間に合った。
 だが、重い一撃をモロに受けた小剣は根元から折れてしまった。アリスは距離を取ろうとしたが、〝軍曹〟が同じペースで詰めてくる。
 〝軍曹〟は床を破壊した。飛び散った瓦礫が腹部に命中し、アリスはえずいた。その隙を逃さず、敵は間合いを詰めると強烈な蹴りを放ち、アリスの身体は通路の壁面に叩きつけられた。
「アリスさん!」
「大丈夫だから、先に行って! 今コイツはあたししか見てない。だから、早く!」
 よろよろと立ち上がりながら叫ぶアリス。ラスティーは逡巡したようだが、結局彼女の言う通りにして住民を連れて走っていった。自分に何ができるかよくわかっている。やはりキミは頭がいいよ、とアリスは独りごちた。
 ただ振り向く直前に見せた、今にも泣きそうな表情がやけに頭に残った。
 
 
 アリスは自分の生命の炎が小さくなっていくのを感じていた。
 流れる血がやけに熱い。一方、地下通路の床はひんやりとして気持ちが良かった。
 倒れるアリスの前に〝軍曹〟が立ち尽くしている。
 先ほどまでと違うのは、その身体が岩と化していることだ。
 技量はアリスの方が上だった。敵の攻撃をわずかな差で避けながら、短剣で確実に相手を削っていく。
 そして遂に相手の喉に短剣を突き立てることに成功した。
 だが〝軍曹〟は倒れなかった。確かな手応えを感じたはずのアリスは不審に思ったが、突然〝軍曹〟が雄叫びをあげ始めた。体内で何かが光っているらしく、目や口腔から光の筋が漏れている。
 そして下顎が外れたのかと思うほど大きな口を開けると、そこから幾本もの光の束を放射状に吐き出した。
逃げ場はなかった。その光はアリスの肩や太股、脇腹を削り、そして致命的な傷を腹部に負わせた。
〝軍曹〟はそのまま岩となった。一種の『自爆技』だったのだ。
 出血のせいで目の前が霞む。意識が曖昧になっていく。
 不意にラスティーの言葉が甦った。
「あなたの原点はとても大きなものなんですね」
 確かにその通りだった。だけど彼女は既にそれを失っていた。その目的が生きる全てだった彼女はこれからどう生きていけばいいかも見失った。そして結論を出した。
 自分は死に場所を探しているのだ、と。そして今ようやくそのときが今来たようだ。
 ──違うだろ。
そのときアリスは自分がどことも知れない空間にいることに気づいた。意識を失って幻覚でも見てるらしい。
 ──おまえが死ぬのはまだ早い。
 また声が聞こえる。その声はとても懐かしい香りがした。アリスは何故か涙を流している自分自身を訝った。思わず声の主を探す。
 そこに〝彼〟がいた。アリスがハンターになった理由。そして失った原点そのもの。幻覚かもしれないが、確かに彼だった。
 無意識に彼の名前を叫んでいた。そして彼の元へ走り出そうとした。
 しかし彼が首を振ると、途端に前に進めなくなった。もがいてもびくともしない。アリスは胸が裂けるような声で叫んだ。
「どうして!? あたしはもう……!」
 アリスは子どものように泣き続けた。彼はもう一度首を振った。
 ──死んじゃだめだ。
 彼の口が動くのと同時に、後ろから同じ言葉が聞こえた。
 振り返るとそこにラスティーがいた。その隣に横たわっているのはアリス自身だ。アリスは、第三者的視点で自分自身を見ていた。
「死なせない!」
ラスティーはもう一度叫んだ。
ラスティーの身体が白く発光を始めた。そしてアリスの唇と自分の唇を重ね、その光をアリスへと移していく。
 起こったことを見てアリスは驚きを禁じ得なかった。アリスのぼろぼろだった身体が回復していく。まさかと思ったが間違いなかった。
 この力こそ、彼女が探し求めていたものだ。
 アリスは自分の身体が薄れていくのに気づいた。目が覚めるのだろうと直感した。
 もう一度振り返ると、彼の姿も徐々に薄れていた。
「クリス!」
アリスはもう一度彼の名を叫んだ。
話したいことがたくさんあったはずなのに、それには残された時間があまりにも短すぎた。
 アリスはもう動くことも声を出すこともできなくなった。
 アリスの視界が狭くなっていく。クリスは優しい笑みを浮かべながらアリスを見つめていた。 

 目を覚ますと、ラスティーは心底ほっとしたような表情を見せた。
アリスは上体を起こし、きょろきょろと周囲を見回した。
彼女は「クリス」と呟いた。ぽろぽろと涙をこぼし始め、そして手で顔を覆って泣き出した。
 クリスは最後まで何も言わなかった。ただアリスを優しく見つめるだけだった。彼の表情は昔のままで、それが懐かしくて切なかった。
 
 
 アリスの幼馴染みだったクリスが不治の病にかかったのは十年前のことだった。アリスは必死で彼の病の治療法を探した。しかし、まだ弱冠十五だった彼女にできることなどたかが知れていた。
だが二年後のある日、『全てを癒す力を持ったハンター』の噂を聞いた。どんな大病でも大怪我でも簡単に治してしまうという。
信憑性などないに等しい単なる噂だったが、アリスはそれに希望を託し、より情報を集めるためにハンターになった。
 アリスは元々の才能もありすぐに熟練ハンターになった。しかし『全てを癒す力』のことも含め、治療に役立つ情報は既に知っていること以上はわからなかった。
 そして彼女の努力も甲斐なく、クリスは三年前に世を去った。
彼女は葬儀にも参加しなかった。現実を見たくなかったのかもしれない。以来ずっと、アリスは今の街にいる。


アリスはやや大きめの岩に腰掛けて、朱に染まった大地をぼんやりと眺めていた。今日はラスティーにこの夕日を見せるためにここに連れてきた。しばらく鍛錬は自粛させている。
ラスティーの能力は治した傷の何割かを自分の身体に引き受けてしまうらしかった。彼はあのとき数人の傷を癒していた。最後にアリスの傷を治したことで、身体はぼろぼろになっていた。彼が身体を診られるのを断ったのはアリスに自分の傷を見せないためだった。
「この制限さえなければもっと多くの人間を助けられるんですが。中途半端な力ですよ」
そう言ってラスティーは自嘲気味に笑っていたのを覚えている。
だから彼は、強さに憧れ、もっと多くの人を助けられるようハンターの道を選んだそうだ。
「まさか防衛線があの数日前に破られてたなんて。でも、それがなければ防衛線の強化に向かう途中の部隊が援軍にきてくれることもなかったでしょうね。その援軍が地下通路を通ってこなければ、僕は引き返すことはありませんでした。そうしたらアリスさんは……」
 ふと我に返った。岩に背を預けて座っているラスティーを見る。
「死んでたでしょうね。だけどこの世界に〝もし〟はない。助かったならそれでいいじゃない」
アリスは岩から飛び降りると大きく伸びをした。ラスティーも立ち上がって街に戻る準備を始めた。身体で向き直りその様子を眺めていると、準備を終えたラスティーがアリスに気づいた。
 しばし二人は無言のまま視線を交わした。
 するとラスティーは突然、申し訳なさそうな顔をして微笑んだ。
「僕の力は残念ながら『全てを癒す』ことはできません。僕に治せるのは物理的な傷だけです。きっとクリスさんの病は治せなかった。ただ……僕がここにいるんだから、全てを癒せる人もどこかにいるかもしれませんね」
 その言葉を聞いたアリスは、困ったような顔で笑った。
 帰り道、アリスはふと思い出した。
「前の続きだけど、どうしてあたしについてこようと思ったの?」
「そういえば途中でしたね。理由は単純です。一目惚れしたんですよ。アリスさんの強さと優しさに」
虚を突くような答えで一瞬ぽかんとしたアリスは、こらえきれなくなり大きな声で笑い出した。本気かどうかはわからないが、冗談でもラスティーがそういうことを言うとは思っていなかった。彼も楽しそうに笑っている。
──こんなに笑ったのはいつ以来だろう。
彼女には、クリスのことに整理をつけることはまだできなかった。生きる目的もまだ見つかりそうにない。これから自分はどうするのだろうとアリスは考えた。
彼女の脳裏に、ラスティーと笑いながら旅をする自分が浮かんだ。
──それもひとつの選択肢。
彼女は一笑すると、それ以上考えるのはやめた。
スポンサーサイト

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

小説:単発 | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<灰色シンドローム | ホーム | オレンジ>>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。