諸々日記

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サクラソウの咲く頃 1

次回更新は15日です。



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 教室には窓から差し込んだ日差しの、薄ぼやけた光の粒が充満していた。
 春も近づいているとはいえ、とても暖かかった。
 いつの間にか眠っていた私は上体を起こすと、靄がかかったままの頭で辺りを見渡した。
「……あれ」
 誰もいない。
 とっくに放課後がきていてみんな帰ってしまったのだろうかと思ったが、時計はまだ昼を少し回ったところだった。
 体育かな、と考えた。
 体育なんかあったっけ、と反問してみる。覚えていない。こらえきれず口元に手を当てて大きなあくびをする。駄目だ、眠い。
 いいや、なんか知らないけどサボって寝てしまえと、もう一度机に俯せる体勢を取ろうとしたとき、教室の扉が開く音がした。
「あっ。あかりちゃん! もう卒業式の練習始まっちゃってるよ。寝てる場合じゃないってば」
「んえ? ……げっ、嘘!」
 脳にかかった霧が一瞬で晴れる。慌てて飛び起きて、膝を机の裏で強打してしまった。痛みに顔をしかめながら、扉から顔を覗かせているレイを見る。
 卒業式練習をサボるのはまずい。担任の只野は私が今日学校へ来ていることをちゃんと知ってる。このままじゃ心をえぐられるようなお小言を頂戴してしまう。すぐさま教室を後にして練習が行われている体育館へと走り出した。
「ちょ、ちょっと待ってあかりちゃん!」
 後ろからレイが小走りでついてくる音が聞こえた。顔だけ振り向いて歩きながらレイを急かす。
「ほら、急いで! レイも只野に怒られちゃうよ……? あれ、よく考えたら、なんであんたはここにいるのよ」
「只野先生にあかりちゃんのこと呼んでこいって言われたんだよ。谷口くんたちからあかりちゃんが教室で寝てたことを聞いたみたい」
「あちゃー……。知ってるなら弁解の余地なし、か」
 私は体育館へと近づきながら、未来に待ち構えている試練に恐怖した。レイは只野の優しさに期待して励ましてくれるが、あの人は授業に遅れるとかいったことには厳しいのだ。
 ああ、怖いよう。
 
 
「鈴村、俺は感動したよ。お前のようなやつは今まで見たことがない」
「はあ……どうも」
 ホームルーム終了後。職員室に呼び出された私は只野から呆れ半分のお褒めの言葉を頂いていた。
 ──あの後私は体育館後方の扉からこそこそと侵入したものの、壁際にずらりと並んで立っている教師たちの冷たい視線や(特に際だっていたのが只野の鬼の形相だった)、同級生からの好奇の目に晒されるのを避けることは出来なかった。恥ずかしさに身を縮めながらもなんとか卒業式練習の輪に加わったのだが、そこでまたしてもミスを犯してしまった。
「全員ご起立下さい」という司会の声に続いて行われる国歌斉唱。
 ゆったりとしたメロディーがスピーカーから流れ出てくる。続いて聞こえてきた歌声も曲と同じ重厚さをもって私の耳に届く。
 体育館上方にある窓から差し込む光が私の身体を包んでいる。目を閉じるとその暖かさがよく感じられ、春が近いことを実感させられる。そこに国歌の音調がちょうどよく重なり、私の意識はちっぽけな身体を抜け出して、広大な宇宙へと広がっていった。
 ……要するに、そのまま眠ってしまった。
「ご着席下さい」のアナウンスがあっても座らない私。周囲も訝しんだろう。
 隣にいた瀬野さんが私の袖を引っ張りながら「大丈夫?」と声をかけてくれ、はっとした。
 周りを見渡すと、立っているのは私一人。しかも多くの視線が注がれている。ねぼけた私には何が起きているのかわからない。
 瀬野さんがもう一度「どうしたの?」と声をかけてくれたが、意識のはっきりしていない私は持ち前の元気さで答えてしまった。
「ごめん、寝てた!」
 体育館に響く声。静まり返るみんな。ようやく自分のしたことに気づき、血の気が引く私。
「寝てたぁ? あの短時間で?」
 どこかの男子が呆れたように言ったのをきっかけに、爆笑が広がった。
 私はいたたまれず、顔を真っ赤にしながら座るしかなかった。
 練習が終わり教室に戻ると、私は当然のようにクラスの晒し者になってしまった。
 皮肉やら称賛やら、クラスメイトは私の話しかしていない。友達にも笑われる始末で、ホームルーム開始までの間、私は机に俯せて時間が早く過ぎることを祈るばかりだった。
 ほんと、卒業間近に何やってんだ私。
 騒がしかった教室が静かになってきたのに気づき顔を上げると、教壇に只野がいた。
 目があった。
 只野の表情にはもう怒りは感じられなかったが、代わりに悲しむような呆れるような顔をしてこちらを見ていた。私は目を逸らした。
「鈴村、おまえ後で職員室にこい」
 ホームルーム終了間際の只野の言葉に、私は身を固くした。やはり叱られるのか。
 只野が教室を出て行った後、友達は心配そうに、男どもはにやにやしながらこっちを見ている。
 どうせ怒られるならさっさと済まそう。
 私は荷物をまとめると教室を後にした。
 ──で、今に至るわけだが、どうやら只野の用はそのことではなかったらしい。次は気をつけろよ、と言いながら只野はプリントを手渡してきた。
「ほい。一昨日おまえが休んだときに配った資料。親御さんに見せてな」
 卒業式の日程の最終確認だった。私がそれを眺めていると、只野は自分の机に散らばっている書類を整理し始めた。
「新生活の準備は順調か?」
 話しかけられたので、プリントから顔を上げて只野の顔を見る。彼は書類を整理しながら、「これはもういらんな」などと呟いていた。
「はい、まあぼちぼちって感じです。安いアパート見つけたんですよ。大学にも近いし、朝ゆっくり寝られてラッキー、みたいな」
「ははは。おいおい入学する前からそれでいいのか。……けど、あまり安すぎるのも考え物かもしれないぞ。セキュリティはしっかりしてるのか?」
 只野が忙しく動かしていた手を止めてこちらに向き直った。
「セキュリティ、ですか。あはは。先生、うちの親と同じこと言いますね」
「親御さんだって心配なんだろう。初めて親元を離れて暮らすんだから。鈴村は不安はないのか?」
「そりゃあ、あたしだって多少の不安はありますよ。ご飯ちゃんと作れるかなーとか、大学生活うまくやっていけるかなーとか、あと……あれ?」
 それだけ?
 考えてみると、不安を感じている要素があまり思いつかない。
 私、不安を感じていないんだろうか。
「……とにかく、あたしにその心配はいりませんって。もてませんから」
「ばか。もてるとかもてないとかの問題じゃないだろう」
「大丈夫ですって。アパートも特に防犯がなってないとかじゃないですし」
 笑いながら言うが、只野はなんとなく渋い顔をしている。
「鈴村は自分を過小評価しすぎだな」
「え。なんですか?」
「いや、なんでもない」
 只野が何かを呟いた気がしたが、気のせいだろうか。只野は腕組みしたまま何かを考えている様子だ。
 そこでふと、レイの顔が浮かんだ。
「そうだ、あたしよりもレイの一人暮らしの方がよっぽど心配ですよ。あの子にこそ言ってあげてくださいよ」
 レイもこの春から私と同じように大学に進学するため地元を離れる。どこか抜けているところがあるためちゃんとやっていけるだろうか。考え出すと不安になってきた。
「レイ? ああ、橘か。あいつはぽーっとしてるところもあるが結構しっかりしてるぞ」
「へー、そういう評価なんだ。意外」
「おいおい。どういう目であいつを見てるんだ? ……まあ、おまえと橘は小さなときから一緒なんだろう? 見る目が違うのも仕方ないのかもな」
 そういうものだろうか。
 何気なく壁の時計に目が止まった。午後三時半を少し回ったところだ。
「それじゃ、あたしそろそろ……」
「ああ、悪いな。気をつけて帰れよ。月曜の卒業式では寝坊したり式典中に寝たりするんじゃないぞ」
「先生、いくらあたしでもそりゃないって」
「ははは。土日はゆっくり休むといい。風邪なんか引かないようにな」
「はーい。先生こそ、もう若くないんだから気をつけてくださいよ?」
「ご忠告痛み入るよ。気をつけよう」
 私は笑いながら職員室を後にした。


「ごめん、静香。待たせたね」
 昇降口。静香は壁に体重を預けながら佇んでいた。
 彼女は足下に置いてあった鞄を拾うと、じゃあ行こっか、と言って早速下駄箱へと向かっていった。これから一緒に駅前で買い物をする予定なのだ。
 私も靴を履いていると、階段の方から誰かが降りてくるのが見えた。
 圭一だった。目があう。すると圭一は嫌な笑みを浮かべながらこちらに近づいてきた。
「いよう、今日のMVP。ご帰宅ですか」
「うるさいなあ。いつまでも同じネタ引っ張るんじゃないよ」
 この男、谷口圭一はいつも私をからかっては面白がってばかりいる。
 勉強を教えてくれたり、時々何の気まぐれか「鈴村、腹減ってないか?」とか言ってあんまんをおごってくれたりと、根はいい奴なんだろうけど、私をからかうときのこいつはヒジョーに不愉快な存在だ。
 そういえば、私が教室で寝てたことを只野に告げ口したのもこいつだったはずだ。そう思うと余計にむかついてきた。
「褒めてんだよオレは。いやあ、本気で笑わせてもらいました」
「わかったって。もういいから」
「なんつーかさすが鈴村って感じ? 俺には真似できねーわ」
「……あのさ、圭一。喧嘩売ってんの? あんたは」
 へらへら笑っている圭一の顔を見ていると、背筋に冷たいものが降りてきた。
 雰囲気が変わったのを察知したのか、圭一は慌てて私をなだめにかかった。
「違う違う。すまん、言い方が悪かったっていうか」
「じゃあ何。何が言いたかったわけ?」
「い、いや。だから、あれだ……」
 圭一が困っている様子が見てとれる。まさかここまで怒るとは思っていなかったのだろう。
 私自身、自分がこんなに怒っていることに驚いていた。
 そこまで怒る必要はないと、自分でも思う。けど、何故か感情の収まりが悪い。
 ここのところこういうことが結構多い。
 本当に、自分でも驚いている。私って、もう少し空気読んだ大人の対応ができる人だと思ってたんだけど。
 いつからだっけ、と考えて、そういえば受験が終わった辺りからだと気がついた。なんでだろう。
「はあ……まあいいわ」
 深く溜息をつきながら首を振った。
 なんだかめんどくさくなってきた。すっきりしないけど、ここで引いておかないときっとこのあともっと面倒なことになる気がする。こじれた関係のまま卒業なんてしたくないし。
 圭一はほっとしたような顔で私を見ている。そのちょっと間抜けな顔を見てると、少しだけ気分も落ち着いてきた。
「ほんとごめん。俺デリカシーなかったわ」
「わかればいいのよ。でもさ圭一、あんたもう少し言葉に気をつけた方がいいよ。傷つくこともあるからさ」
「げ……マジ? 俺そんなに酷かった? もしかして、今までもずっと?」
「からかってるのはわかるし、あたし自身楽しんでた時もあるけどね。でも時々本気でむかついたりしたことはあったかな。まあ大抵我慢してたけどさ」
 今日はその我慢の限界点がいつもより低かったのだ。
 圭一はとてもすまなそうな顔をしてこちらを見ている。気づいていなかっただけで本当に悪気はなかったのだろう。
「……ま、反省しているようだし、許してあげよう」
「いや、ほんとすみませんでした鈴村さん」
「よし。今のは忘れよう。お互い微妙な関係のまま卒業するのも嫌でしょ?」
「まったくもって」
「だから今までのは全部ナシ! ……ついでに今日のあたしの失態も忘れよう」
「え」
 そりゃ無理だ、と圭一が言った。言ったあとすぐに、しまった、という表情になったのがよくわかった。
 この男はまったく、思ったことをすぐ口にする癖を直すべきだ。
 じと、と圭一を睨みつける。圭一は苦笑いしながら視線を逸らした。
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テーマ:連載小説 - ジャンル:小説・文学

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